1

彼女は中学3年の時の同級生だった、目のくりくりした小柄な子だったっけ。
5月ごろ、修学旅行のバスの中で親しくなった。
わさびチップスを他の子からもらって、けっこうおいしいねってオレがその子に言うと、彼女は
「げぇ、だわ」って笑ったのさ。
教室の窓に寄りかかって、他愛もない話をしたものさ。
オレの誕生日は3月25日だけど、彼女は4月8日だった。
2週間違い?ってオレが言うと、一年より2週間少ない違いだって、そんな計算も出来ないの?って、お姉さんぶってたぜ。

それから夏休みの夏期集中講習会で一緒になった。
ホラ、一応受験生だったからね。
一緒に図書館によって勉強したりした。
いや、ホントはおしゃべりばっかりしてて、史書の人に注意されたりしてた。
集中講習が終わると、二人でプールに行った。
帰りに夕立に降られて、公演の東屋で雨宿りした。
そのとき、初めてキスをした。
はじめはそっとキスをした。
それから長いキスをした。

女の子って、キスしてもワリと平気なんだなって思った。
(ほら、マンガなんかだろ泣いたりするだろ?)

その日の夕方、俺と別れたあと彼女は死んだ。
手を振って「バイバイ、またね」って言ったあと交通事故で死んだ。
2

オレは、彼女が運ばれた病院からどうやって家に帰ったのかいまだに思い出せない。
次の日、オレは血のような赤黒い液体を吐いた。
このまま死んでしまうのかと思った、それでもいいと思ったけど、3日もすると腹が減った。
葬式も済んで登校日になると、彼女の机に花が飾られた。
2学期の始業式が終わると、彼女の机はどこかに片づけられてしまった。
みんな、彼女のいない教室に少しずつ慣れていくようだった。
オレも、バカな冗談に笑ったりもしたものさ。
でも、夜になると声にならない叫びをあげてベッドに飛び起きるんだ、毎晩毎晩。

そんなオレを心配して、クラブの後輩の女の子があれこれと世話を焼いてくれた。
優美って娘だった。
人づてに、優美は俺のことが好きなんだと聞いていた。
すらっとしたお嬢様タイプの子だった、実際小さな会社だけど社長令嬢だった。
生徒会の役員もしていたし、アタマの良い子だったね。

たぶん、オレは優美を傷つけたかっただけなのかもしれない、ほほを染め、伏し目がちにオレにほほえみかける端正な顔を、涙でゆがめてしまいたかっただけなのかもしれない・・
クラブで出かけたハイキングで、みんなから離れた川縁でオレは、強姦同然に彼女とセックスした。
初めてだったけどワリと冷静に出来たと思う、オレはたぶんくちびるをゆがめるように笑ってた。
彼女はただ声を殺して我慢しているだけのように見えた。
さすがに、終わったあとでオレは悪いことをしたような気になって、彼女にそういうと、優美は
「平気です・・だって好きだからしたんですよね?」って、真っ直ぐにオレの方を見て微笑んだ。

その瞬間オレは、
「傷つけてやる、この女をズタズタに引き裂いてやる」
と、悪意の血がわき上がるのを感じた。


それからオレは、学校で、彼女の部屋で、夜の公園で、優美のからだを求め続けた。
優美は何かを畏れるようにオレの求めに従った。
その後オレは、第一志望の高校受験に失敗し滑り止めの私立に進学した。

1年後、けっきょく彼女もオレと同じ私立に進学した。
確実だと言われていた県立の進学校には落ちてしまったのだ。

そして、同じ高校に通うようになるとますますオレは優美を虐待した。
そう、性的に虐待したと言うのがふさわしいようなセックスだった。
それは、オレが高校を卒業するまで続いた。

そして、オレが東京の大学に通い始めた春に優美は電話でこういった。
「・・生理が来ないの・・」

「・・・そう」
オレはそう言うのがやっとだった。

電話の向こうで彼女の押し殺した息づかいがする。
オレは黙っていた。
優美は、まだハッキリとは解らない、遅れているだけかもしれないし・・
そんなに不順な方じゃないんだけど・・などとぐずぐず言い訳していた。
オレが黙り込んだので、機嫌が悪くなったと思ったのだろうか?
確かにそのときのオレにはうざったい話だった。
オレは、病院にでも行って検査してみたら?と、まるで他人事のように言った。
実際、他人事にしか思えなかったのだけれど・・

「・・それで、もし・・出来ちゃってたら・・どう・・」
最後の方はもごもごしてて聞き取れなかった、どうしたらいいと言ったのか、それともオレにどうするつもりなのかと聞いたのか・・
オレはそれを問い返したりしないで、
「・・ハッキリしたら・・」とだけ言った。
優美はぐすぐすと鼻をすすりながら、近いウチに病院に行ってみると言って電話を切った。
オレは、ここ2ヶ月くらい彼女としてないなと思った。
なんで、堕ろせって言わなかったんだろうと思った・・いま赤ん坊なんか出来ても育てられないのは解りきっている。
まだオレも彼女も社会的には子供なんだ・・
堕胎の様子はTVで見たことがある。
血まみれの胎児のイメージが頭に浮かぶ。
ふと、あの血まみれのあの子の姿が思い出された。

きっと子供が出来ていたら女の子だろう。
君はオレのためにまた死ぬのか・・?

優美からはその週も、次の週も電話が来なかった。
オレも電話しなかった。

もうすぐゴールデンウィークになる頃、オレはコインランドリーでリエという女と知り合った。同じ大学の一年生だったが、学部がちがえば見たこともないのは当然だ。
オレが銭湯に行く間に、コインランドリーの洗濯機に入れておけばいいと気づいたのは先週のことだった。
それまでは、洗濯機の前で雑誌を読みながら洗い終わるのを待っていたんだ。
それほど量は多くなかったんだけど、たまたま大きな機械しか空いてなかったので、まあイイヤと洗濯物を放り込んで風呂に入った。
出てくると、たいがいちょうど終わる頃だ。
ところが、今日は残り時間の表示がまだ30分以上もある。
ふたを開けてみると、山ほど洗濯物が入っていてまだ水を注いでいるところだ。

「あの、それ・・私のですけど・・何か?」
ふり向くと、メガネをかけた女性が不審そうな顔で立っている。
「え・・オレの服が入っていませんでした? さっき洗濯してたんですけど・・」
その娘は、しばらくネジが切れたように動きが止まったあと、急に洗濯機のフチに手をかけて、半ばアタマを突っ込むように洗濯物をかき回していた。
彼女がばつの悪そうな顔で引っ張り出したのは、オレのパンツだった。

で、こめつきバッタのようにペコペコする彼女をなだめて、そのままコインランドリーで洗濯を待つことにした。
彼女は小さなスケッチブックを抱えていて、マンガ家になりたいのだと言った。
洗濯を待ちながらネームを考えるのだと・・
オレは、ネームというのがなんのことか解らなかったが、スケッチブックを見せてもらって、けっこう上手いなと感想を言った。
リエとは偶然にも同じ大学の同級生だった。
オレは、彼女に誘われるままに漫研に入った。
そんなにまじめに活動してたワケじゃなかったが、まあソコソコ見られるようなものは描けるようになったと思う。
そんなことは、とりあえずどうでも良いんだけど・・

そして、歓迎会だと言うことで土曜の夜、しこたま酒を飲んで、オレとリエは日曜の朝一緒に帰ってきた。(別にやましいことはないぜ)
部屋の前に来ると、優美が待っていた。

リエは、あ”〜・・それじゃ佐倉君、またね〜と言ってそそくさと帰っていった。
優美は黙ってつっ立っていた。
オレはめずらしく言い訳をしたっけ、あの子は同じサークルの子で、歓迎会で朝まで飲んでたんだ、もちろんみんな一緒だぜ。
優美は、その都度「サークル?」「歓迎会?」「朝まで?」とぽつりと独り言のようにつぶやいた。

「聞かないの?」

オレが優美を部屋に招き入れようとすると、うつむいたまま、だがハッキリとそう言った。
「え?」
「・・妊娠のこと、聞かないの?」
オレは曖昧にあぁ、とうなった。
優美は、顔を上げ一気にまくし立てた。
「あたしが、どんな気持ちだったか、不安だったか!」
「高崎の病院まで行ったのよ!」
「なのに、漫研!?、歓迎会?」
「何してたのよ!電話もくれないで!」
泣きながら、大声でわめき続けた。
オレはこんな彼女を見るのは初めてだったので、少しうろたえ、少しうんざりしながら聞いた。

「で、どうだったんだ?」

優美は、今度は消え入りそうな声で
「・・来た・・病院の前まで行ったら急に・・来たの」
オレは、内心ホッとしたんだけど、なるべく感情を表さないように
「・・よかったな」
って言った。

「・・な?」
彼女はオレをにらむともう一度言った
「な!?・・なってナニ!?」
オレは優美が何を言っているのか解らなかった。

「よかったな、って・・なんでそんなに他人事なのよ」
優美は俺を思いっきりひっぱたくと、走り去った。
オレは後を追おうとして、階段の途中から転げ落ちた。
びっこを引きながら表に出たけど、もう優美の姿は見えなかった。
足首をヒドくひねったらしい・・

そのあとは、優美に電話しても取り次いでもらえなかった。
(まだ携帯なんか普及してなかった時代だ)
足首はヒドい捻挫でしばらく動けなかったので、リエがあれこれと世話を焼いてくれた。
ドラマだったら、リエと関係しちゃう所なんだろうけど・・
さすがにリエの方が旨いこと距離をとっているようだった。

で、毎日、朝に晩に電話してもらちがあかないので、オレは足首が動くようになるとバイクに乗って故郷に向かった。
夜中過ぎに出発して明け方優美の家に着いた。
脇に回って優美の部屋の下から声をかけた、何度かして優美が顔を出した。
が、眉をひそめて「帰って」と言った。
オレは塀によじ登って、話があると言ったが、
優美は犬でも追っ払うように手を振って、「話なんか無い、いいから帰って」と冷たく言った。
ドラマだったら、ココで大声で「愛してる」とか言うところだろうけど、さすがにそんな真似は出来ない。
オレは、塀から降りると優美が学校に行くのを待った。
ところが、優美より先にパトカーがやってきた。
近所の人でも通報したんだろう。
(あとで聞いたら優美は通報はしていないとのこと、ホントだろうな)

お巡りさんと押し問答していると、優美が出てきて警官に説明してくれた。
その人は怪しい人じゃありません、その・私の彼氏で・・ちょっとケンカをしたんです・・

お巡りさんは苦笑いしながら帰っていった。

「・・優美・・ゴメン・・」

「うん」
優美は、力強く笑った。
オレと優美の関係が逆転した瞬間だった。

その後、優美は地元の教育大学に進んだ。
でも、オレが卒業する前に今度はホントに妊娠した。
しかし優美は一年ダブりながらもちゃんと卒業して、教員採用試験にも合格した。
そして、新規採用の女の先生を楽しみにしている独身の先生方の期待を裏切り、初年度から第2子の出産のため産休に入った。

女ってのは強いな
オレは、優美と出会っていなかったらきっと犯罪者になっているか、とっくに死んでいたに違いないと思うことがある。

ちなみに、子供は二人とも娘だ。
オレと優美が出会った時と同じ年頃になった娘を見て、
オレは、娘がオレのような男に引っかからないように心配している。


終了

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2006.07.09 /
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